So I can laugh.

自分にとって、それほど楽しいことではないのに、なぜか笑えてしまう。そういうことってある気がします。

一つには、ああひどいなあって。。。ほんとに悲惨な目にあうと笑うしかないって時。
二つ目は、やけくそ。ほんとに笑える状況ではないのに、無理して笑ってる時。
そして、ま、いいかって時。

最後のは諦念って感情に繋がると思うのだけれど、それでも前二つに比べてずっと救いがあると思えるのです。

他を許している、受け入れている気がするから。
そして、そうなってしまった自分もある種許している気がするから。

一つ目は逃避。二つ目は拒絶。そう思えてしまうのです。

最後のにしても、寂しい笑い顔だとは思います。
でも笑えるのなら。。。
次に繋がる希望にはなるのかもしれません。
少なくとも、自分の状況を受け入れているという意味では。





※某アニメの映画見てきたので、その影響があるのかもしれません、今日のは。

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Infection

きっと。
気持ちは感染する。
相手が落ち込んでる様に見えるときは、自分も凹んだり、楽しそうなときは、何か自分も少しだけ楽しくなったり。
その人に対する感情が強ければ強いほど
より強く。

勘違いかもしれない。
自分の感情など何の役にも立たないのかもしれない。

でももしかしたら。
それは相手の気持ちを何か反映したものかもしれない。
自分はそう感じたのだから。

私はあなたを気にしているのだから。
そのことが何の意味も持たないとしても

それだけは本当。

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Don't Miss

人の気持ちは常に同じじゃありません。

好きな人でも、バカヤローって思ったり、こんな人知らないって思ったり。
そうかと思えば、なんか優しい気持ちになったり、大好きって思ったり。

だから。

一つひとつのことに惑わされないでください。
一つひとつのことに振り回されて、落ち込んだり、舞い上がったり。
それは仕方ないけれど、一番大切なことは忘れないでいてください。
なぜその人が気になるんですか?

あなたにとってその人はどういう人ですか?
その人は。。。あなたの中にいますか?
都合のいい自分で作り上げたその人じゃなく、その人そのものが。

できる範囲で大切にしてあげてください。その人を。

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I

彼氏だとか彼女だとか。
その他色々。

とにかく自分以外の人。
そんな人たちと関わって、自分が変わったなんて話、よくあるけれど。

理解はできる。
そういうこともあるって、知ってはいる。

でも、そんなのはごめんだ。
自分を他人に依存させてどうなるっていうんだろう。
自分を変えるのは自分だけ。

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Thinking about Death

人は二度死ぬそうです。

一度目はよく言う意味での死。
そして二度目はその人のことを誰も覚えていなくなったとき。

だから。

もし、あなたの周りで誰か亡くなったときは、ほんの少しでいいです、1年、いえほんとに何かの弾みでその人のことを思い出す程度でいいから。

覚えておいてあげてください。

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I Feel Low Down.

何かやろうと思って事を始めても自分ひとりで完結することならともかく、他人が絡むと先に進めた気がせず落ち込んでしまう。

自分がしたことに対し、相手がどうリアクションを返すかなんて予想できないから、先の予想なんてあまり意味がない。
そんな予想は他人が自分の思うとおりに動いてくれるって思うのと同義だから。

それでも何とかしたいと思うのなら、分からないなりにも動くしかないのだけれど、劇的に変わるなんてことはあまりない。結果不安が募ることになる。

でも、それでも。とは思う。
自分がしたことは水面に小さな石を投げたのと同じ。小さな石を投げた程度じゃ別に水面に大した変化があるわけじゃない。波紋が立つ程度。でもその波紋が何か変化をもたらすかもしれない。続けて石を投げ入れることによってより大きな波紋を作ることも出来るかもしれない。それはより大きな変化を生み出すものとなることもあるだろう。
勿論、その変化は望むものではないかもしれないし、希望と絶望背中合わせだけれど。

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Friend

今日、久しぶりに友達と会った。

私より年下の子だけれど、とてもしっかりした子。
お茶して、とりとめのない会話をして、ゴールデンウィーク中これといってイベントのなかった私だけれど、楽しかった。そして少し元気を分けてもらったみたい。

“縁”って作ろうとして作れるものではない。と思う。少なくともわたしの場合はそう。そして壊れやすいものだって思う。だから大切にしたいとも。

この子には借りがいっぱいあるんだけれども、また一つ小さな借りができた気がする。
でも、それ抜きにして、この子とは長い付き合いにしていきたいと思う。
そう思える子です。

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Breathless

The Corrs(ザ・コアーズ)のBreathlessの和訳です。
曲はこちらで。
この曲は割と聞いたことがある人が多いと思いますけど、誰がうたっているのか知らない人が多い気がします。
なのでこのバンドのことを少し。
アイルランド出身で、メンバーはみんな兄弟(兄1人姉妹3人)というバンドです。音楽としてはエンヤ(Enya)をポップにした感じというのか、とにかく気持ちのいい音のバンドです。2005年にアルバムを出して、現在は活動休止中のようです。

Breathless

行こう。さあ早く。息を弾ませて
さあ・・・

夕闇が迫っているけれど
あなたはそこにまだいる
私は待ち続けていた
消えてしまいそうな願いでもあなたに会えることを

嘘なんて吐けない
あなたに隠し事なんてできない
私は何もできなかった
心はあなたに向かっているのに(隠せないよ)
何とかしようとすることもできなかった(どうしたらいいの?)
だから・・・

さあ行こう。早く。息を弾ませて
私を夢中にさせて。どうしようもないくらい好きってことからかわれたっていい
大好き。キスして
さあ行こう。早く。

たとえ明日が無くったって
私たちの全てが今ここにある
あなたがいるから、私は幸せ
私にとってあなたが必要な全てだったんだから

夢みたい
眠っているわけじゃないけれど
起きたくない
なくしたくない(そんなの嫌)
私を置いていかないで(どこにも行かないで)

さあ行こう。早く。息を弾ませて
私を夢中にさせて。どうしようもないくらい好き。からかわれたっていい
大好き。キスして
さあ行こう。早く

もう嘘なんて吐けない
あなたに隠し事なんてできない
私は何もできなかったから
心はあなたに向かっているのに(隠せないかった)
何とかしようとすることもできなかった(どうしたらいいのかわからなかった)
だから・・・

行こう。さあ早く。息を弾ませて(待ちきれないから)
行こう。さあ早く。息を弾ませて(早く会いたい)
行こう。さあ早く。息を弾ませて(息を弾ませて)

(Original lyric by R.J. Lange, Andrea Corr)

んと。。。
べたべたなラブソングですね。。。
でも。
これくらい素直になってみたいものです。
好きな人には。

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You are Mine.

“お前は俺のものだ”

こういうことを言う男は嫌いではない。

ただし。

単に女を所有物というか、アクセサリーのような感覚でこういうこと言う男は嫌いだ。
所有するということには責任が伴うと思う。

私をあなたのものだというのなら、「幸せにして」そこまで大げさなことは言わない。
でもせめて笑顔でいられるようにしてよと。そう思う。その責任があるんだよって。

女も同じ。
彼を自分のものだというのなら、それ相応のことをしないと。

“お前は俺のもの”
“あなたは私のもの”
結構この言葉って重たいんじゃない?

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Hyperpnea

過呼吸候症群じゃないかと思える子が身近にいます。

 

最近もそんな場面に出会ったのだけれど、そういう時どう対処してよいのかわからずただ黙ってみているだけでした。

 

調べてみたのだけれど、単なる過呼吸ではなく、過呼吸症候群と呼ばれるようなものの場合、呼吸というものが自らの意思に関係しているもので、吸う息は「受け入れる」「受け取る」という意志や積極性と関わり、吐く息は「手放す」「与える」という放棄や委ねる質とかかわるということのようです。

 

過呼吸は酸素を取り込みすぎ、二酸化炭素が減少しすぎる場合に起こるもの。先の呼吸が意味する自らの意思から考えれば、「手放しがたい」「手放すわけにはいかない」という観念が働き不安や焦燥感をうまく手放せなくなり、吐く息が止まってしまうということ。しかもその不安や焦燥感を受け入れ難いために、吸う息もまた止まってしまいます。溺れてしまった時のようにパニックに陥ってしまい、呼吸をしなければと、身体が反応する。この時吸わなければ、という思いが強くなりすぎ、結果過呼吸の状態に陥ってしまうそうです。

 

もう一つ。炭酸ガス量が多く吐き出される可能性があって、これ以上は留めてはおけない感情がある場合、呼吸のほうから先に体内に溜まってしまった炭酸ガスを手放すことで、感情とともにエネルギーを解放しようとする。たまりにたまった感情を息を吐き出すという行為に変えているということです。こういう人たちは、感情を手放すことを許していない人で、こういう人たちにとって、過呼吸は一種の開放のプロセスとも言えるのです。でも、当人にとっては本当に不安と恐れの体験なんでしょうね。

 

不安と恐れを和らげること。これが一番の対処法のようです。周りが騒ぎ立てる、何事かというような状態を作るのは以ての外。過呼吸になっている当人の不安を煽る結果となるのですから。

 

「大丈夫だから。呼吸を続けて」そんな風に言って、「息を吐く」「精神を落ち着かせる」ことを一番に考えること。ちなみによく言う袋を使う方法はあまりやらないほうがよいようです。かえって危険なことのほうが多いそうで。

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