Thinking about Death
人は二度死ぬそうです。
一度目はよく言う意味での死。
そして二度目はその人のことを誰も覚えていなくなったとき。
だから。
もし、あなたの周りで誰か亡くなったときは、ほんの少しでいいです、1年、いえほんとに何かの弾みでその人のことを思い出す程度でいいから。
覚えておいてあげてください。
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人は二度死ぬそうです。
一度目はよく言う意味での死。
そして二度目はその人のことを誰も覚えていなくなったとき。
だから。
もし、あなたの周りで誰か亡くなったときは、ほんの少しでいいです、1年、いえほんとに何かの弾みでその人のことを思い出す程度でいいから。
覚えておいてあげてください。
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何かやろうと思って事を始めても自分ひとりで完結することならともかく、他人が絡むと先に進めた気がせず落ち込んでしまう。
自分がしたことに対し、相手がどうリアクションを返すかなんて予想できないから、先の予想なんてあまり意味がない。
そんな予想は他人が自分の思うとおりに動いてくれるって思うのと同義だから。
それでも何とかしたいと思うのなら、分からないなりにも動くしかないのだけれど、劇的に変わるなんてことはあまりない。結果不安が募ることになる。
でも、それでも。とは思う。
自分がしたことは水面に小さな石を投げたのと同じ。小さな石を投げた程度じゃ別に水面に大した変化があるわけじゃない。波紋が立つ程度。でもその波紋が何か変化をもたらすかもしれない。続けて石を投げ入れることによってより大きな波紋を作ることも出来るかもしれない。それはより大きな変化を生み出すものとなることもあるだろう。
勿論、その変化は望むものではないかもしれないし、希望と絶望背中合わせだけれど。
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今日、久しぶりに友達と会った。
私より年下の子だけれど、とてもしっかりした子。
お茶して、とりとめのない会話をして、ゴールデンウィーク中これといってイベントのなかった私だけれど、楽しかった。そして少し元気を分けてもらったみたい。
“縁”って作ろうとして作れるものではない。と思う。少なくともわたしの場合はそう。そして壊れやすいものだって思う。だから大切にしたいとも。
この子には借りがいっぱいあるんだけれども、また一つ小さな借りができた気がする。
でも、それ抜きにして、この子とは長い付き合いにしていきたいと思う。
そう思える子です。
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